「アクチュアリー試験は難しい」と漠然と知っている方も多いのではないでしょうか?

しかし、「具体的にどういった点が難しい試験なのか」ということはあまり知られていません。

このコラムではアクチュアリー試験の概要と第1次試験科目の「年金数理」の効率的な勉強法について解説します。

アクチュアリー試験の出題と傾向

この章では、アクチュアリー試験はどのような試験なのか、また、アクチュアリー試験の出題と傾向について解説します。

アクチュアリー試験はどんな試験?

日本アクチュアリー会が主催する試験で、第1次試験(5科目)と第2次試験(2科目)の合計7科目になっています。

第1次試験は第2次試験を受けるに相当な基礎的知識を有するかどうかを判定すること」が目的

第1次試験の5科目(数学、生保数理、損保数理、年金数理、会計・経済・投資理論)への合格が第2次試験の受験資格となります。

また、第1次試験の特徴としては「数学的素養」が求められる点が挙げられます。

そのため、数学を得意とする人は比較的早く第1次試験を突破できる可能性が高いでしょう。

第2次試験は「アクチュアリー(保険数理士)としての実務を行う上で必要な専門的知識および問題解決能力を有するかどうかを判定すること」が目的。

そのため、第2次試験は自身の状況を勘案しながら生保コース、損保コース、年金コースのいずれかを選択し2科目を受験することとなります。

また、第2次試験の特徴としては「論述力や実務的な問題解決能力」が求められる点が。

第1次試験とは試験の性質が大きく異なるため、第1次試験をスムーズに突破できたとしても2次試験で苦戦する人も多く油断はできません。

ちなみに第1次試験に1科目でも合格すれば、アクチュアリー会に入会できます。

呼称としては、1科目以上合格した時点で「研究会員」、第1次試験を突破すれば「準会員」です。第2次試験の合格者は「正会員」となります。

アクチュアリー試験は科目合格制度であり、一度合格した科目は基本的に失効することはないため、1度の試験で1~2科目ずつ合格を目指す受験が多いことも特徴といえるでしょう。

出題範囲は?

第1次試験

数学事象と確率/確率変数、確率分布、確率密度関数、分布関数/確率変/数の平均値、分散/積率と積率母関数、確率母関数、特性関数/大数の法則と中心極限定理データのまとめ方/統計的推定、区間推定/統計的検定/標本分布論と標本調査/最小2乗法と相関係数と回帰係数の推定、検定回帰分析/時系列解析/確率過程/シミュレーション
生保数理利息の計算/生命表および生命関数/脱退残存表/純保険料/責任準備金(純保険料式)/計算基礎の変更/営業保険料/実務上の責任準備金/解約その他諸変更に伴う計算/連合生命に関する生命保険および年金/就業不能(または要介護)に関する諸給付/災害および疾病に関する保険
損保数理料率算定の基礎(回帰分析等を含む)、リスクモデル純保険料と営業保険料の算定方法/信頼性理論/経験料率、クラス料率/支払備金の整理/積立保険の数理/保険料算出原理/危険理論の基礎/再保険の数理/リスク評価の数理
年金数理年金数理の基本原理/計算基礎率/年金現価率/定常人口論(含む人口モデル)/財政方式/保険料と責任準備金/積立金と過去勤務債務/数理的損益分析
会計・経済・投資理論財務会計の機能と制度/利益計算の仕組み/会計理論と会計基準/利益測定と資産評価の基礎概念/現金預金と有価証券/売上高と売上債権/棚卸資産と売上原価/有形固定資産と減価償却/無形固定資産と繰延資産/負債/株主資本と純資産/財務諸表の作成と公開ミクロ経済学/マクロ経済学投資家の選好/ポートフォリオ理論/CAPM/リスクニュートラル・プライシング/デリバティブの評価理論/債券投資分析/株式投資分析/デリバティブ投資分析

第2次試験

生保コース 生保1 営業保険料/解約および解約返戻金/アセットシェア/生命保険の商品開発/変額年金保険/団体生命保険/医療保険/再保険/商品毎収益検証
生保2 生命保険会計(保険会社税制を含む)/契約者配当/リスク管理・ALM/事業費の管理・分析/ソルベンシー/内部管理会計/相互会社と株式会社/変額年金保険/医療保険の責任準備金等
損保コース 損保1 損害保険業とは/損害保険料率/保険料の算定/再保険/リスク管理/損害保険業とアクチュアリー/リスクモデル/損害率・事業費率の分析
損保2 損害保険業とは/損害保険会計の特色と体系/支払備金/責任準備金/資産運用/損害保険会計と税務/リスク管理/損害保険業とアクチュアリー/損害保険の損益分析
年金コース 年金1 公的年金制度(国民年金、厚生年金保険)の設計/確定給付企業年金制度および確定拠出年金制度の設計/退職金制度、中小企業退職金共済制度等/公的年金制度(国民年金、厚生年金保険)および各種退職給付/制度の税務
年金2 公的年金制度(国民年金、厚生年金保険)の財政/確定給付企業年金制度の財政/退職給付会計(国際会計基準を含む)

参考:日本アクチュアリー会

どんなところが難しい?

正会員になるまで平均8年、準会員になるまで平均5年かかると言われているアクチュアリー試験。

一体どんなところが難しいのでしょうか?

1科目あたりのボリュームが非常に大きい

出題範囲から見てわかるとおり、試験範囲が非常に広範であるため必要な知識を網羅するのに時間がかかります。

また、第1次試験であれば数学の勉強がメインになるため1問1問にかかる時間が大きくなるのが特徴です。

初見の問題が多く出題される

第1次試験であれば問題の条件を変えてみたり、変数の与え方を変えることで多様な問題を作ることができるため、毎年過去問では出題されていない問題が複数問出題されています。

第2次試験においても膨大な出題範囲の中から過去に出題されてこなかったテーマや新たに教科書に追加されたテーマが出題。

そのため第1次試験、第2次試験どちらにおいても未出問題への準備が合格の鍵を握ると言えるでしょう

試験時間が短い

アクチュアリー試験は1科目3時間の試験ですが、問題量に対して試験時間が非常にタイトな試験。

そのため、数学の公式を1から試験会場で導いていてはまったく時間が足りません。

したがって、基本的な公式や特性値は反射的に手が動くようにして臨まなければなりません

年金数理の傾向と対策

2022年8月執筆時点で、年金数理の試験は以下のような問題構成になっています。

大問1(40点)・5点×8問・過去問の類題など基本的な問題が中心
大問2(28点)・7点×4問・各問(4問)の中に2~3問問題が設定されている・問題文が長く複雑なものが多い
大問3(16点)・穴埋め形式・教科書に記載されている証明やキャッシュバランス制度の数式を埋める問題が頻出・きちんと理解している論点であれば満点を狙うことも可能
大問4(16点)・穴埋め形式・複雑な年金制度の理解を問う問題が出題される・難易度のブレも大きいため見極めが重要。・比較的簡単な年度であれば満点を狙いたいが、難しい年度は5点取るのも非常に困難なケースがある・特に年金制度の合併・分割、キャッシュバランス制度、数理的損益分析が複合的に出題されやすい

年金数理はより汎用的な理解が重要な科目です。

細かい計算前提が与えられ、それを正しく読み取り年金制度をイメージする力が求められます。

従って過去問を単に暗記するような勉強法では全く太刀打ちできない科目になっています。

この点こそが、年金数理が損保数理と並んで1次試験最難関と言われる所以でしょう。

とはいっても、合格しやすい得点戦略は存在するため参考までに紹介いたします。

具体的には大問1で30点、大問2で14点、大問3で16点、大問4で8点で60点台後半を目指す戦略。

大問1は、比較的シンプルな問題が多く得点しやすいので、2問ミスで75%の得点率を目標としましょう。

大問1は1問当たりの配点が大きくケアレスミスをしてしまうと合否に大きく関わってきますので念入りに見直しすることも重要です。

大問2は、50%程度の得点率を目指しましょう。時間も非常にタイトであるため、大問2では問題の取捨選択も重要なポイントになってきます。

過去問演習を通じて「捨てる問題」の感覚も養いましょう。

大問3は、できれば満点を目指しましょう。

過去問の大問3を研究すると分かると思いますが、教科書からそのまま出題されることや、過去問と同じ問題が出ることも多々あるため得点源としたい大問です。

大問4は、年度によって難易度が異なるため「解けるところまで解いてみる」という戦略にならざるを得ません。

難しい年度では大問4をほとんど解かずに合格する受験生も多いため、解けなくても焦らず解ける問題で60点分積み上げる意識で臨みましょう。

また、年金数理の特徴として年度ごとの難易度(=合格率)のブレが大きいという点があります。

合格率の高い年度では50%前後の時もあれば、合格点を50点に引き下げて合格率が10%前後の時もあります。

従って、長期的な受験戦略としては何度か不合格であっても「とにかく受け続ける」ことが大切です。いずれチャンスはやってきます。

【1次試験】年金数理の勉強法

①~④の4つのステップで具体的な勉強法を解説していきます。

目安となる勉強時間はもともとの知識量にも拠りますが、①~③は各ステップ約300時間で④は約40時間が目安となります。

ぜひ参考にしてみてください。

①全体像の理解

全体像を把握することで試験で問われる知識量や各分野間の関連性などが把握できます

まずは時間をかけ過ぎずに試験範囲を一周してみましょう。

具体的には 「年金数理(日本アクチュアリー会)(以下、教科書)」や「アクチュアリー試験 合格へのストラテジー年金数理(東京図書)(以下、ストラテジー)」を購入し進めていくことになります。

各章で「説明を読む⇒例題で理解の確認」というプロセスを踏むと理解が進みやすいでしょう。

ここではあくまで「全体像の理解」が目的であるため、必要となる公式が完全に理解・暗記できていなくても全く問題ありません

初学者の方は特にストラテジーをおすすめします。

合格に必要な計算テクニックや解法に加え、教科書で詳しく解説されていない財政制度についても丁寧に書かれており重要なポイントが凝縮されています。

最終的には教科書を読んで理解することも必須ですが、まずはストラテジーで必要な知識を身に着けるのが効率的でしょう。

②基礎問題の徹底反復

年金数理は基礎知識は当然身に着けた上で、その応用力を試される問題が数多く出題されます。

そのため、試験会場では基礎知識を瞬時に使いこなせなければなりません

②のステップでは、①で一通り理解した内容を「使いこなせる」レベルにまで引き上げることが目的。

合格率の高い年度であれば、このステップまできちんとこなしていれば合格が狙えるケースもありますので気を引き締めて取り組みましょう。

具体的な方法としては、①で使用した書籍の演習問題を約3~5周行うのがおすすめです。

また、前述のとおり年金数理は「汎用的な理解」が重要な科目です。

問題演習する際は、単に解答解説の後を追いかけて理解するだけではなく、「計算の根拠を明確にする」ことを意識しましょう。

財政方式、給付設計、各基礎率、昇給・脱退のタイミング等が数式のどこに現れているか確認しましょう。

これは過去問演習の際も同様で、年金数理を勉強するうえで特に重要な姿勢となります。

なお、教科書も特定年齢方式(加入年齢方式)を仮定して議論を進めていることが多く、財政方式を変えると教科書に全く書かれていない数式になることがあるため、同様の注意を払う必要があります。

③過去問演習

過去問はアクチュアリー試験における最重要学習教材です。

年金数理では主に以下の2つの観点から過去問演習が重要となります。

  • 大問1や大問3では過去問の再出題が多いため、過去問の類題を得点源とするため
  • 年金数理特有の「問題文から制度をイメージし数式に落とし込む力」を養成するため

特に2点目の観点での学習教材は過去問以外ほとんど無いため、貴重な学習教材となります。

時間が掛かってもよいので1問1問じっくりと理解し、人に説明できるレベルを目指しましょう。

具体的な取り組み方の一例を紹介します。

まず過去問をひとつ選んで、3時間測って取り組んでみましょう。取り組み終えたら、解説はすぐに読まずに正誤判定と得点だけ算出してみます。

おそらく30~40点くらいしか取れないはずですが、ここでは「自分の実力を知ること」が目的であるためショックを受ける必要はありません。

次に時間無制限として、3時間で解き切れなかった問題やもう少し考えれば解けそうだった問題にじっくりと取り組みます。

苦戦した経験があればあるほど記憶に残りやすくなるため「できない」と思った問題でもこの過程に最低5分は使ってみましょう。

一通り納得がいくまで取り組み終えたら、ここでようやく解答・解説を見ます。

ここで②のステップでも紹介したとおり「汎用的な理解」を目指すことが非常に重要です。

具体的には問題文と解答の数式のつながりを考えます。

例えば、「新規加入や昇給・脱退のタイミングと給与現価の式のどこに現れているか」や「一時金と年金の支払い要件の峻別は給付現価の式のどこに現れているか」「発生した事象と各差損益計算の対応はどうなっているか」など問題文と解答の式の対応関係を全て洗い出します。

このような方法で演習をしていかないと汎用的な理解が進まず、過去問の類題しか解けるようになりません。

大変ですがじっくりと腰を据えて取り組みましょう。また、日をあけながら何度も繰り返すことも大切です。

少し話は逸れますが、試験本番での戦い方や注意点についても触れておきたいと思います。

ぜひ参考にしてみてください。

「計算ミス」への対応

年金数理は扱う数値の桁数が多く電卓の計算ミスが頻繁に起こりやすいです。

過去問を解いた時に計算ミスで間違えてしまった場合は、どの計算過程で誤ったか必ずチェックしましょう。

また、電卓のテクニックを知ることも重要です。

GTや逆数を素早く出す方法など様々な電卓の機能を知ることで、時間短縮はもちろんのこと計算工数が少なくなり結果的に計算ミスも減ります。

捨てる問題の見極め

前述のとおり、大問2と大問4は難易度の高い問題が出題されやすく「時間をかけたのに結局解けなかった」となるリスクがあります。

年金数理も時間的に非常にタイトであることから、大問1、大問3で解ける問題をひととおり解いた上で大問2と大問4にチャレンジしていく解き方がおすすめです。

また、解けそうかどうかの感覚も過去問演習を通じて養っていくしかありませんが、5~10分程度考えて解法の道筋が立たなければ一旦捨ててしまってよいでしょう

他の問題を解いてから戻ってくるとすんなり解けることが多々あるため、試験中に問題を捨てることに焦りを感じる必要はありません。

図示化は強力な武器

年金数理では複雑な式展開をせずとも図示すれば瞬時に答えが分かる問題が一定数出題されます。

特にTrowbrdgeモデルにおける各種財政方式の保険料や積立金の正誤問題は、v^n-lx平面(給付現価と人数現価が視覚的に分かる図)を活用することですんなりと解くことができます。

この問題に限らず、問題を解く際に人員をイメージするために「xe歳の人が何人いて、xe+1歳の人が何にいて…」とある程度書き下すとイメージがしやすいため、頭の中だけで考えず、どんどん図示しながら問題を解いていきましょう

④試験直前の予想と対策

試験直前期は大問3の完答を狙うべく、過去問の大問3で扱われたテーマを時系列に整理しておきましょう。

大問3で出題されるテーマは限られているため、直近出題されていないテーマを中心に教科書を読み返しておきましょう。

また、生保数理と同時受験をしない方は改めて生保数理の復習をしておきましょう。

大問1で毎年3問程度は生保数理の知識で解ける問題が出題され、難易度としては比較的低いです。

従って「生保数理の式を忘れてしまって解けなかった」ということは避けましょう

三重脱退など「生保数理ではよく扱われるが年金数理ではあまり扱われないもの」が出題されることもあるため油断は禁物です。

⑤(補足)年金数理の本質に迫るヒント

ここからは上級者向けのアドバイスとなります。

「開放基金方式の場合はどうなるか?」ということを考えてみると本質的なものが見えてくることがあります。

例えば、教科書P119、P120の表を開放基金方式で考えた場合にどうなるでしょうか?

また、加入年齢がxe歳の加入年齢方式の年金制度において、予定通りでない加入x歳で加入が起こった場合の期末の実績の責任準備金を求める問題が定番問題としてありますが、これを開放基金方式で考えるとどうなるでしょうか?

開放基金方式では新規加入者を見込むため、責任準備金や差損益の推移も加入年齢方式と比較して複雑になりますが、加入年齢方式では考える必要のなかった処理などに触れるきっかけとなります。

ぜひ日頃の勉強の際に積極的に考えてみましょう

勉強が難しい、なかなか進まないときは?

それでも難しいときは、以下を参考にしてみてください。

年金数理は時間がかかる科目

年金数理は他の1次試験科目と較べても独特な科目で、難しいことは誰もが認めている科目です。

過去問の解答は一見すると四則演算が中心で簡単そうに見えますが、その数式を使う背景には多様な前提条件が複雑に絡み合っています。

それを解きほぐし理解を積み重ねていく必要のある年金数理は非常に勉強時間がかかります。

勉強を開始したばかりの状況では「気付いたら1時間で1問しか進んでいなかった」ということもあると思います。

しかしその姿勢こそが正しいため、自信を持って時間をかけてください。

いずれ理解が進むにつれ勉強速度がみるみる上がっていきます。

無理に進めようとしない

教科書の内容や過去問の解答が理解できないときに焦ってしまう気持ちはとてもわかります。

そういう時は、その場で無理に理解しようとして何時間もかけるのではなく、付箋を貼って「どこが理解できないか?」をメモしたうえで、思い切って飛ばしてみましょう

実は人間の脳はボーっとしている時の方が活発に動いており、散歩したりトイレに行ったりしている時にふと理解できることがあります。

それでもわからない時は?

ほかの人に聞いてみたり、予備校の講座を受講してみることをおすすめします。

今はインターネット全盛の時代ということもあり、SNSで疑問を解決できたり、オンライン予備校でわかりやすい講義を受講することで効率アップが期待できます

また、アクチュアリー受験生同士で集まって勉強会をすることも理解が深まるためおすすめです。

アメリカ国立訓練研究所の研究によると、「人に教える」という勉強法は実は最も学習定着率が良いと言われています。

「特にわからない問題はない」という方もぜひ仲間を集めてやってみてはいかがでしょうか。

この記事の執筆者 sat

理学部物理学科を卒業後アクチュアリー候補生として保険会社に就職。

仕事の傍らアクチュアリー試験の勉強に励み、自身が苦しんだ経験をもとに社内のアクチュアリー候補生に対して勉強法を伝えてきた。

※執筆時点では数学、生保数理、年金数理において科目合格済み

その後、専門職としてキャリアの幅を広げるべく、大手金融機関にデータサイエンティストとして転職。

アクチュアリー試験で培った数学的基礎力を活かし業務を行っている。

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